(【 体験実話 】失恋ダイエット 第一話 からお読みください。)
愛をうまく告白しようとか、
自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、
構える必要はない。
きみの体全体が愛の告白なのだ。
by 岡本太郎
1.午前三時のシーバスソーダ
一ヶ月後の東京、東銀座。
「おいおい大丈夫かよ」と婚約破棄を聞きつけて心配してくれる友人とふたり、仕事終わりに飲みにでることになった。
狭い階段をくぐり重たい扉を引く。
溢れ出るゲイカップルの笑い声。
かつてはモテたであろうふくよかな女性。
僕と友人はその間を申し訳なさそうに身をかがめ奥の席に進んだ。
ウイスキーとバーボンとビールしか置いていないこのしょっぱいバーは、銀座の端っこにある割に客がひっきりなしに出入りしている。
「シーバスのソーダ割りを」
オーダーに応え細身の老年のバーテンは奥に下がる。
酒を飲むのは二週間ぶりだった。
この一ヶ月で体重は8キロ、体脂肪率は7パーセント減り、のべ130キロ走ってきたこの身体にアルコールがぐっと染み渡る。
いい夜だ。
一気に酔いがまわる。
そして、デッドエンドの先にあるかすかな光。
ふたりでそんな話に夢中になった。
「中坊かよ」
そんな突っ込みに思わず笑いがこぼれる。
テーブルに置かれたハイボールの厚手のグラスが、哀しげな光を乱反射する。
おかわりのグラスを合わせるとつまみの温いローストビーフを口に運ぶ。
食ってる途中で、「今朝、三越のデパ地下で仕入れてきた」とバーテンがつぶやく。
「おい、それって仕入れっていうのかよ」
こころの中で毒づきながら、酔いが脳味噌を食いつぶす前に食らいつく。
さすが三越、悪くない。
気が付くと時計は午前三時を回っていた。
騒がしかったゲイのカップルも、待ち人来らずのふくよかな女性も、いつしか店から消えていた。
みんな、帰る時間と帰る場所があるんだ。
そう思うと、なんかしょっぱい物が食べたくなってオイルサーディンを頼んだ。
室内の空調が少し強くなったように感じる。
僕も帰り時なのかもしれない、そう思って店をでた。
2.失恋ダイエットのリアル
その晩は、家に帰っても眠れなかった。
ニャーニャーと俺を優しく出迎えてくれる愛猫に餌をあげたあと、ひとり布団にくるまり、酔った頭で2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の失恋板を徘徊する。
傷つき、そして行き場を失った想念が文字となり溢れるスレッドたち。
そのなかに身を浸す。
そんな44歳の男。想像してみてくれ。
自分でいうのもなんだが、かなり危ない奴だよな。
で、書き込んだ。
失恋ダイエットというスレッドに。
恥ずかしいよな、マジで。
でも、それがこの時の僕の現実だった。
(引用元:失恋ダイエット 俺が自分で書き込んだレス)
3.こころと身体の贅肉
実はこの時、僕はすでにある決意をし、行動を開始していた。
それは「新しい自分に生まれ変わる」という壮大な決意。
身体にも心にもこびりついた甘えという贅肉をそぎ落とし、強い自分になるという決意を。
これまでの人生を振り返って、僕が仕事も私生活も不安定なまま生きてきた一番の要因は「こころの弱さ」という名の甘えだ。
それは間違いない。
それをこの機会に一掃し、強い人間に生まれ変わる。
もしそれができたら、今は連絡もとることのできない彼女にもう一度会うことができるかもしれない。会う自信が持てるかもしれない。
そんなことを勝手に妄想していた。
だからあの山寺からもどってすぐ、人生をかけたダイエットをはじめたんだ。
未来を自分の力で変えるために。
身体とこころの贅肉を削ぎ落とす。
そう考えたら落ち込んでいる暇なんてなかった。
だけど何をしたらいいかわからないから、とりあえず走った。
そして何も食う気がおきないから、とりあえずチクワだけ食ってた。
そんな記録がいまだにこの電脳の海には残されている。
おい、おまえ、聞いてるか?
おまえがいまやってることが、未来を変えたんだぞ。
ちょっと不思議な気持ちもするが、そう過去の自分に世界線を越えて教えてやりたい。
(引用元:失恋ダイエット 俺が自分で書き込んだレス)
(つづく)