夜の銀座が淋しくなって久しいが、目の前のビルからは夜の蝶に見送られた年配の男たちが、入れ替わり立ち代り店を後にしていた。
「あの店、人気なんですかね」
「でも、まだ十時まえだよ」
「とりあえず顔だしましたって感じかな」
そんなくだらない言葉のやりとりを、朧月の行列に並びながら交わす。
その後も僕ら数十分、そのお店から出てくる店の女の子たちの品評をつづけた。
やれ、身体に締まりがない。やれ、いまのお辞儀は中途半端だ。などなど。
男なんていくつになっても根はアホガキのまんま変わらない。
僕らはそんな高校生がマックで話すような話題で、ラーメン屋に並ぶ行列の中で延々と時間潰しをしていた。
ラーメン不毛地帯、銀座にそびえる名店「朧月」。
輝かしい受賞歴を誇るその店の前で、僕らは今か今かとお呼びがかかるのを待っていた。
めっきり秋の気配に包まれた夜の銀座でも、30分近く並ぶのは、50を手前にした身体にはなかなか大変なのだ。
なにせ、少しアルコールはいってるしね。
退屈しのぎに目の前で繰り広げられるキャバ嬢たちのお見送りの様子を品定めをしても仕方がない。
ま、そんなこんなでようやく順番がきて、店内に通される。
店内にはいるとまずは川崎麻世似のダンディな店主の丁寧な仕事ぶりが目に飛び込んでくる。
一杯一杯、愛情と信念をこめて。
麺の盛り付けひとつにしても、驚きの細やかさだ。
つか、すこし演技じみてる。
カネジン製のその麺は、少し玉子が練りこまれているように感じたが、小麦の風味が鼻腔をくすぐる。この香り、たまらない。
個人的には、麺のカット面が好みでないのが少し惜しいなと思いながら、まずは麺だけで三口ほど。
いいねー、うまい麺だ。
つけ汁は、かなり濃厚で癖がある。
生姜の味と香りが前面に押し出してきている。
魚介豚骨といえば、魚粉パウダーのせのつけ麺屋ばかりで個性がなくなって久しいが、ここは濃厚な魚介エッセンスをタレとして効かせている。
はじめは、つけ汁をかき混ぜず、ベースとの絡みを味わい、徐々にエッセンスを混ぜ、味の変化を楽しむ。そんな演出構成だ。
さっそく麺にからませ一口すする。
やはり主張の強い生姜の風味が麺の良さを打ち消してしまってる。
食感は残ってるけど。
そう感じた。
ま、一言で言うならば、ここのラーメンは客に媚びていない。
作り手の意識が客に向かわず、まわりまわって、作り手自身に向いている。
そんなナルシスティックなつけ麺。
俺が考える最高に美しくうまいつけ麺を食えという叫びが聞こえる。
それが、好きか苦手か。
それは食べる側の問題だな。
食べ終えて、JR有楽町駅に向かいながら、そんなどうでもいいことを考えた。
うまいことは確かなんだがね。
ちょっと惜しい。